やっと出たよDVD劇場版ガンダム。DVD化がこんなに遅れたのはBANDAIの無能を示すものであるとしかいいようがないけど。
当時のアニメらしく荒削りな作品だけど、一見の価値あり。というか知らなきゃ人生損してる。
後は神編集のリメイク作が出来れば完璧なんだけど、半端に権利が分散している今はまだ無理かな。発言権があっちゃならないところにある感が。20年以上信者やってるけど実際、実験作的な色合いが濃い部分や、作画や設定が荒れている部分は少なからずあるので、今の技術でリメイクできるなら見てみたい。台本だけ流用で新規作り直しの1年戦争とか見てみたいんだけどなぁ。(怖いもの見たさも少しあるがw)
まあ、そんな度胸のある企画者もクリエイターもスポンサーもいないだろうけどな!
当時のアニメらしく荒削りな作品だけど、一見の価値あり。というか知らなきゃ人生損してる。
後は神編集のリメイク作が出来れば完璧なんだけど、半端に権利が分散している今はまだ無理かな。発言権があっちゃならないところにある感が。20年以上信者やってるけど実際、実験作的な色合いが濃い部分や、作画や設定が荒れている部分は少なからずあるので、今の技術でリメイクできるなら見てみたい。台本だけ流用で新規作り直しの1年戦争とか見てみたいんだけどなぁ。(怖いもの見たさも少しあるがw)
まあ、そんな度胸のある企画者もクリエイターもスポンサーもいないだろうけどな!
若者よAKIRAを知っているかな?
2007年10月11日 アニメ・マンガ コメント (7) どうも更新サボりがちでいかんなと思いつつ、長文が書けないKEMがきましたよ。ネタに困ったので年寄りの思い出話で一話潰しますw
私は最近はあまりアニメを見なくなりましたが、以前はアニメの「手書きの絵による映像」に魅力を感じて色々見たものです。そのなかで、もう時代の流れやその他諸々の事情で二度と出てこないだろうなという作品がいくつかありました。こういったものはある意味、古くても掘り起こして見るしか触れることが出来ないジャンルになってしまっている訳ですが、今を生きる若い世代には触れるきっかけがなく、もったいないことに知られないままになってしまっていることが多いというのが実情ではないかと思います。実際、リアルでの付き合いでも、3歳も歳が離れれば、同好の志であっても「え、これ知らないの!?」は日常茶飯事でしたし、これは知っとけよって騒ぐのは年寄りの仕事だと思います。そんな感じのアニメが「AKIRA」です。
いきなりファンの方には申し訳ないのですが、この「AKIRA」という作品、私個人としてはあまり完成度は高くないと思っています。当時まだ原作が完結していなかったとか、2時間では壮大な世界観が描写しきれないとか、まぁ、色々と残念な作品だと思います。ではなぜそれでも紹介しようというのか?それは、このアニメの作画レベルが「常軌を逸している」とでも表現すべき、恐ろしい完成度を誇っているからです。当時アニメといえば手書きしかなかった故に、職人の技はレベルが高く、しかも今の時代ではもうできないであろう巨大プロジェクトによって動員されたマンパワーによる暴力は正に空前絶後。しかもなんと、音声とのリンクには、アフレコ方式を使っていないなど、野心作にも程がある内容です。アフレコでないアニメが想像つかないという人は調べてみるといいでしょう。もうこれは、「AKIRA」を見ることでしか体験できない内容だと思います。アニメファンを名乗るからには、ジャンルの好き嫌いはおいといて一度見るべきだと思います。
嫌いなジャンルを2時間も見られないという方は後半の「冷凍カプセル上での超能力戦シーン」だけでもお試しください。いろいろな作品の元ネタとして有名な「デコスケ野郎」「SOLのシーン」の少し手前です。できればレンタルshopを利用して、圧縮されてコマ落ちしていない綺麗な画像でどうぞ。
私は最近はあまりアニメを見なくなりましたが、以前はアニメの「手書きの絵による映像」に魅力を感じて色々見たものです。そのなかで、もう時代の流れやその他諸々の事情で二度と出てこないだろうなという作品がいくつかありました。こういったものはある意味、古くても掘り起こして見るしか触れることが出来ないジャンルになってしまっている訳ですが、今を生きる若い世代には触れるきっかけがなく、もったいないことに知られないままになってしまっていることが多いというのが実情ではないかと思います。実際、リアルでの付き合いでも、3歳も歳が離れれば、同好の志であっても「え、これ知らないの!?」は日常茶飯事でしたし、これは知っとけよって騒ぐのは年寄りの仕事だと思います。そんな感じのアニメが「AKIRA」です。
いきなりファンの方には申し訳ないのですが、この「AKIRA」という作品、私個人としてはあまり完成度は高くないと思っています。当時まだ原作が完結していなかったとか、2時間では壮大な世界観が描写しきれないとか、まぁ、色々と残念な作品だと思います。ではなぜそれでも紹介しようというのか?それは、このアニメの作画レベルが「常軌を逸している」とでも表現すべき、恐ろしい完成度を誇っているからです。当時アニメといえば手書きしかなかった故に、職人の技はレベルが高く、しかも今の時代ではもうできないであろう巨大プロジェクトによって動員されたマンパワーによる暴力は正に空前絶後。しかもなんと、音声とのリンクには、アフレコ方式を使っていないなど、野心作にも程がある内容です。アフレコでないアニメが想像つかないという人は調べてみるといいでしょう。もうこれは、「AKIRA」を見ることでしか体験できない内容だと思います。アニメファンを名乗るからには、ジャンルの好き嫌いはおいといて一度見るべきだと思います。
嫌いなジャンルを2時間も見られないという方は後半の「冷凍カプセル上での超能力戦シーン」だけでもお試しください。いろいろな作品の元ネタとして有名な「デコスケ野郎」「SOLのシーン」の少し手前です。できればレンタルshopを利用して、圧縮されてコマ落ちしていない綺麗な画像でどうぞ。
私は、好きなアニメは?と聞かれたら脊髄反射でがんだむーと叫んでしまう重度のガンダムファンです。ただし、私がガンダムと呼ぶのは所謂1stと呼ばれるシリーズのみです。ところが、ガンダムは20年以上も人気のシリーズとの扱いを受けながら、なんとも主体性の無い、どこの誰をターゲットとしているのかもはっきりとしない展開を続けています。何がいけなかったのか、理由は色々あると思いますが、その一つに、「作品のテーマが後続のクリエイター達にうまく伝わっていない」というのがあると考えます。なぜ、そんな恐ろしいことが起きてしまっているのでしょうか。
さて、なぜ突然こんな話を始めたのかといいますと、最近youtube、ニコニコ動画といった動画公開サイトを利用していて、これが原因じゃないのか?と思ったことがあったから、なんですね。
では、本題に入ります。私はこれ、原因の一端は”ダイジェスト映像の氾濫”にあると考えます。ファンが編集したものもあれば、プロモーションのために作成されたもの、ゲーム等の関連商品につけられたものなどいろいろあるでしょう。ダイジェスト映像というのはファンにとっては楽しいものです。編集した人の個性や思惑が入ることで、また違った感覚で原作を楽しむことができるからです。しかし、編集者の思惑や感性というものが原作者とは一致しないという部分を忘れてはいけません。が、実際にはそこまでわかった上でダイジェスト映像に触れている人はいったいどれくらいいるのでしょうか…。むしろ、ボリュームのある原作は視聴にかかる時間的犠牲から敬遠され、ダイジェスト映像のみで知識としてしまっている人すら少なからずいるのではないでしょうか。また、幼少期のおぼろげな記憶を直接ダイジェスト映像で補完してしまって、原作を歪めて記憶してしまっている場合もありそうです。
ガンダム原作がわかる人には実例を挙げましょう。ガンダムのラストシーン、作品のメインテーマとなるシーンを思い浮かべてください。
3
2
1
ゼロー!
飛び出してくるコアファイター
はい、これは典型的な間違いです。(断言)
もっと大切なのはその前です。主人公アムロが初めて自分の能力を認識し、仲間達を誘導して脱出させる、初めて、戦いではなく、人を助ける。それこそが悲劇的な内容だったストーリーの終着点であり、最後の”救い”なのです。その部分がなければ最後のカウントダウンなど実に陳腐なものです。最後のカウントダウンとは、アムロが見出した人類の新しい可能性を、子供たちが継承している事実を見せている訳です。
実際には、テンポの良いカウントダウンシーンばかりが取り上げられ、大切なテーマは薄れて伝わってしまっている、私にはそんな悲劇に見えました。
ラストシーンを良く見ている人は、ガンダムをリアルロボットアニメなどと呼ぶのには抵抗があるんじゃないかと思います。あれはまさに超能力者を介して人の在りようを描いた作品であり、ロボットなど単なる小道具に過ぎないからです。ラストシューティングを放ち朽ち果てたガンダムが、乗り捨てられて無人の状態だったのが、まさにロボットなどどうでもいいという原作者の意思表示だったのではないかと私には思えます。
さて、なぜ突然こんな話を始めたのかといいますと、最近youtube、ニコニコ動画といった動画公開サイトを利用していて、これが原因じゃないのか?と思ったことがあったから、なんですね。
では、本題に入ります。私はこれ、原因の一端は”ダイジェスト映像の氾濫”にあると考えます。ファンが編集したものもあれば、プロモーションのために作成されたもの、ゲーム等の関連商品につけられたものなどいろいろあるでしょう。ダイジェスト映像というのはファンにとっては楽しいものです。編集した人の個性や思惑が入ることで、また違った感覚で原作を楽しむことができるからです。しかし、編集者の思惑や感性というものが原作者とは一致しないという部分を忘れてはいけません。が、実際にはそこまでわかった上でダイジェスト映像に触れている人はいったいどれくらいいるのでしょうか…。むしろ、ボリュームのある原作は視聴にかかる時間的犠牲から敬遠され、ダイジェスト映像のみで知識としてしまっている人すら少なからずいるのではないでしょうか。また、幼少期のおぼろげな記憶を直接ダイジェスト映像で補完してしまって、原作を歪めて記憶してしまっている場合もありそうです。
ガンダム原作がわかる人には実例を挙げましょう。ガンダムのラストシーン、作品のメインテーマとなるシーンを思い浮かべてください。
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ゼロー!
飛び出してくるコアファイター
はい、これは典型的な間違いです。(断言)
もっと大切なのはその前です。主人公アムロが初めて自分の能力を認識し、仲間達を誘導して脱出させる、初めて、戦いではなく、人を助ける。それこそが悲劇的な内容だったストーリーの終着点であり、最後の”救い”なのです。その部分がなければ最後のカウントダウンなど実に陳腐なものです。最後のカウントダウンとは、アムロが見出した人類の新しい可能性を、子供たちが継承している事実を見せている訳です。
実際には、テンポの良いカウントダウンシーンばかりが取り上げられ、大切なテーマは薄れて伝わってしまっている、私にはそんな悲劇に見えました。
ラストシーンを良く見ている人は、ガンダムをリアルロボットアニメなどと呼ぶのには抵抗があるんじゃないかと思います。あれはまさに超能力者を介して人の在りようを描いた作品であり、ロボットなど単なる小道具に過ぎないからです。ラストシューティングを放ち朽ち果てたガンダムが、乗り捨てられて無人の状態だったのが、まさにロボットなどどうでもいいという原作者の意思表示だったのではないかと私には思えます。
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